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6年生の社会科+

 5年生の社会科+では実体験重視を訴えましたが、6年生の社会科の多くは歴史の学習になるため、実体験につなげられる部分は限られてきます。
 その数少ない実体験の場面が、古代の土器づくりです。ある遺跡の発掘現場を見学した際、学芸員から田んぼの粘土で瓦器ができるということを教わったのがきっかけで、授業の中に組み込むようにしました。社会科の時数だけではこなしきれないので、図工科と合科的な扱いをしていました。中には、発展的に、できあがった土器で調理まで行った教師もいました。
 古墳づくりの迫力を、授業の中で再現できないかということも考えました。まずは、社会見学で古墳の見学です。実際に周囲を歩き、その大きさを体験します。その後の授業で、運動場に十分の一スケールの大仙古墳を水線で描きました。
 同様に、奈良の大仏の実物大の顔を、墨で描いたことがあります。空き教室に新聞紙を敷き詰め、作業をします。大仏さんの顔の大きさは、ほぼ教室と同じ大きさです。完成した顔を体育館に持ち込み、記念撮影をしました。2階のギャラリーからつるしても、あごから下が体育館の床に這うほどの大きさは、大仏さんの迫力を感じるには十分すぎるものでした。
 日本各地には、それぞれに歴史を感じることのできる施設や史跡があります。学校の社会見学で行ける場所には限りがありますが、歴史に興味を持たせ、疑問を解決させるためには、実物に触れさせることが一番です。できることならば、家庭からもそのようなところに出かける機会を持ってやって欲しいと思います。そのためにも、一度社会科の教科書を開いていただき、どのような学習をしているのかを知っておいていただきたいです。

5年生の社会科+

 「私とICT④」でも触れていますが、日本の食料生産の学習の中で、バケツ稲に取り組ませたことがあります。しかし、バケツ稲はあくまでも疑似体験でしかなく、場合によっては、学習の妨げになってしまうこともありました。特に、稲作にとって大切な「夏」の季節のほとんどが夏季休業と重なってしまい、子ども達の安全確保の観点から、夏季休業中の稲の管理は教職員の作業となってしまうのです。その結果、水の管理や除草、開花の観察など、重要な部分が全て抜けてしまい、子ども達の記憶に残るのは、「稲作って意外と簡単」ということになってしまいます。最後の勤務校では、校区に、田植えと稲刈りを体験させてくださる農家さんがおられました。1反には満たない田んぼでしたが、全ての作業を子ども達の手で行う田植え、稲刈りの大変さは、十分に実体験に近い経験となったようです。
 このように、疑似体験で終わるのではなく、できるだけ「本物の体験」をさせることが重要だと考えています。
 「企業の支援②」で書かせていただきましたが、情報・通信の学習の中で、テレビ番組を作る体験に取り組ませたことがあります。実際に、ケーブル局で60分の枠をいただき、自分たちが作った番組が流れるという実体験は、いい経験になったと思います。番組の制作にあたっては、ズームやパーンといった技術的なことよりも、いかにコンテンツを作り上げるかというところに目を向けさせることが大切です。動画撮影ができるデジタルカメラも多く出回るようになっていますし、編集もPC上で簡単にできるようになってきました。ただ単にテレビ局を見学するのではなく、実体験の伴った学習活動を作り上げていくことが、子ども達のよりよい学習理解に結びついていくのではないでしょうか。

高学年の国語+

 国語科では、何よりも「日本語を上手に操る力を身に付ける」ことを大切にしてきました。それを具体化するために、まず、語彙を膨らませる工夫が必要でした。そのためには、新しい単元に入る前の意味調べは、不可欠です。中学年の指導で「意味調べ」が習慣付いている場合はいいのですが、そうでない場合、必ず範読し、意味調べが必要な単語にしるしをつけさせ、その意味調べを宿題とし、徐々に意味調べが習慣付くようにしました。
 次に、自分の考えをみんなの前で発表することに取り組ませました。しかし、これは想像以上に難しいものでした。高学年になるまでの間で、何か発表に関わるいやな思い出があったりすると、なかなか口を開いてはくれません。また、友だちとは違うことを言わなければならないんだという思い込みから、考えを停止するような子もいました。そこで活用したのが、ワークシートでした。まず板書をイメージし、板書にあわせた質問を用意します。前半部分では、発表経験の少ない子でも参加できるように、一問一答型の質問を用意します。中程に、抜き出し型の問題を用意します。最後には、必ず、自分の考えをまとめる質問を用意します。慣れない間は、考えをまとめることができなかった子ども達も、枚数を重ねる間に少しずつ書けるようになり、書き込んだワークシートを見ながら、みんなの前で発表できるようにもなりました。
 家庭で国語の学習に取り組ませる場合、本読みと意味調べを大切にしましょう。家事仕事をしながらでもかまいませんので、子どもの本読みには必ず付き合ってあげてください。そして、内容を一緒に理解してあげることです。難しそうな言葉の意味を問うてやると、それが意味調べのきっかけにもつながります。逆に、意味を聞いてきた場合には、意味を調べる方法を教えてあげてください。それだけで、国語に対する姿勢が大きく変化します。

保護者→担任(担任)

 保護者の方から担任に、ご連絡いただくこともよくあります。その方法も、連絡帳、電話、来校、場合によっては家庭訪問を要請される場合もあります。その手段と内容によって、対応する方法を考えなければなりません。
 まず、連絡帳で何かの連絡をいただいたときには、内容をよく理解することが必要です。緊急性を伴うことなのか、ただ単に伝えることを目的とされているのか、何らかの解決策が必要なものなのかなどを慎重に判断します。内容によっては、コピーをとらせていただくといいでしょう。
 電話の場合には、内容にもよりますが、必ずメモの用意はしておきましょう。特に、相手方が気分を害されておられる場合には、校長室や事務室の電話を使用し、職員室の会話や笑い声などが相手に伝わらないように配慮することも必要です。
 保護者の方が来校される場合には、話の内容によって、基本的には教室でお話をお伺いすることになるでしょう。目の前でメモを取ると話しづらくなる場合がありますので、相手方の様子に合わせて、メモの取り方を工夫します。相手方の目線がメモの方に集中する場合にはメモを取るのをやめ、お帰りになった後にまとめてくようにしましょう。
 家庭訪問を要請される場合には、ほとんどの場合「苦情処理」になります。故に、服装などにも十分配慮し、事前にお話をする材料を十分に整えたうえで赴くといいでしょう。この場合にもメモの取り方には注意し、できれば、玄関を出た後まとめて記入す方がいいかもしれません。
 メモや記録を残すことは、問題がなかなか解決しないときなどに、重要なアイテムになってきます。管理職や学年の先生と情報を共有することと併せて、上手に活用しましょう。

保護者→担任(保護者)

 子どもを学校に通わせていると、担任の先生に何かを伝えなければならない場面に遭遇することがあります。連絡帳、電話、学校で直接話をする、家に来てもらって話を伝えるなど、上手く方法を使い分けて、保護者としての考えを確実に伝えることが必要です。
 連絡帳で伝える内容は、込み入ったものを伝えようとするとき、文章表現が難しく、上手く相手に伝わらないことがありますので、できるだけ簡単なものに絞った方がいいでしょう。
 電話で伝える場合も、連絡帳と同じです。確認ごと程度であればいいのですが、電話では相手の表情もわかりにくく、つい誇張してしまうようなことが起こりがちですので、込み入った内容になると、真意が伝わらない場合が出てきます。
 やはり、確実に真意を伝え、担任の考えを知ろうとする場合には、直接会って話をすることが望ましいです。ただ、事前に担任の都合を確認しておくことが必要です。また、限られた時間での話し合いになりますので、伝えたいこと、聞きたいことなどを、事前にメモしておくことも、話をスムーズに進める要因になります。
 担任の意向で家庭訪問になる場合は別として、感情的に「呼びつける」などは、よほどの事情がない限り避けた方がいいかもしれません。場合によっては双方が感情的になってしまい、解決にはつながらないことが予想されます。
 伝えなければならないことは、遠慮せずに伝えるようにしましょう。疑問に思うことも、質問してみましょう。ただ、担任と話し合いをする場合、自分の持っている情報が一面的なものでないかよく確かめておきましょう。保護者間のネットワークを活用して確認してみると、意外と簡単に答えがそこに存在する場合もあるかもしれません。

担任→保護者

 学級担任をしていると、保護者と連絡を取らなければならない場面が、必ずやってきます。その連絡方法は、連絡帳、電話、家庭訪問などいろいろありますが、起こった事象によって、それらの連絡方法を適切に選ばなければなりません。
 学校での生活の様子や学習にかかわることは、初めは連絡帳でお伝えするといいですね。指導を重ねても改善の様子が見られない場合には、電話などで、詳しくお伝えするのがいいでしょう。くれぐれも文章表現に配慮し、誤解を招かないようにすることも大切です。また、保護者の方だけに文字情報が残りますので、内容によっては、書いたものをコピーしておくことも必要かもしれません。
 けがや子ども同士のけんかなど、詳しく内容をお伝えすべきことについては、連絡帳よりも電話の方が担任側の意図が伝わりやすいです。けんかなどで、子どもを学校に残して指導をした場合などは、下校させた後、子どもが家に帰り着くまでに電話をかけることが望ましいです。電話の内容を記録しておくことも大切です。
 いじめられているような様子がうかがえたり、学校に明らかな落ち度があってけがをさせてしまった場合などは、家庭訪問をして事情を伺ったり、説明したりすることが必要です。この場合には、必ず、お伺いした日時、話の内容を必ず記録しておきます。
 これら、保護者と連絡を取り合った内容については、自分だけではなく、必ず学年の先生と情報を共有しておきましょう。時間がかかりそうな事象の場合には、管理職にも報告を入れなければなりません。
 日頃から、保護者との良好な関係を築いておくことは言うまでもありませんが、適切に情報をお伝えできないと、その関係性は簡単に崩れてしまいます。

宿泊行事の拘束時間

 夏になると、民放のテレビ局で、24時間や27時間のテレビ番組が放送されます。局アナやアイドル達に、賛美のメッセージが寄せられますが、高学年の担任や養護教諭には、もっと過酷な現実が待ちかまえています。
 それは、宿泊行事です。地域によって違いはありますが、私の勤務地では、5年生の林間学舎、6年生の修学旅行で1泊2日の行事が実施されていました。どちらの行事も、通常よりも早い出勤になります。学校の立地によっては、早朝6時の集合ということもありました。林間学舎の場合、1日目にハイキングや登山が待ちかまえています。夕刻に宿舎に入り、入浴や食事の世話。その後、キャンプファイアーを行います。22時から翌朝6時までは「不寝番」です。さすがに、退職前にはある程度の時間の睡眠を取らせてもらうようになりましたが、若いときには、徹夜することも多々ありました。そして、2日目の行程として、オリエンテーリングや川遊び、昼食の飯ごう炊さんの世話と続きます。それらを終えて、学校に帰り着くのは17時頃。子ども達を下校させても、管理職、担任、付き添いの教職員で反省会を行います。
 ざっと、36時間勤務です。変形勤務になりますので、7時間45分の振替休を取ることができますが、以前は翌日を学年休業にし、そこで疲労回復措置として振替休をもらっていました。しかし、今では、授業時数確保(十分足りている)のかけ声の下、学年休業が廃止されました。子ども達の健康を考え曜日を工夫していますが、宿泊行事の翌日、通常登校させることもありました。子ども達が登校しているのに担任が休むわけにも行きませんので出勤します。そのような場合、振替休は長期休業中に消化することになります。本来、疲労回復休暇であるはずなのですが・・・。

タブレット

 「丸投げ」のところでも書きましたが、現場の教員は、指導法などについては想像以上に保守的です。そして、新しい人材を育成するための教員養成系の大学は、場合によっては現場の教職員より保守的で、先を見据えることができる人材を育てきれていない場合があります。行政は、そのような指導法に対して保守的な人材があふれている学校現場にタブレット型コンピュータを導入して、何を期待しようとしているのでしょう。
 例えば、タブレットの活用方法として、ドリル学習が考えられます。また、発問に対するそれぞれの子ども達の考えの発表や、その考えを共有するという活用法が考えられます。
 ドリル学習をタブレットで行うことは、比較的受け入れられやすいと思います。なぜならば、指導者側には必要とされるスキルがほとんどありません。子ども達は、ゲーム感覚で取り組んでくれますし、丸つけや点数の集計は機械がやってくれますから、仕事は「楽」になります。
 逆に、情報伝達や情報共有の場面で扱おうとすると、それなりの準備も必要になってきますし、活用方法が指導者の中である程度咀嚼されていないと授業は動きません。
 十分なビジョンを描かずに、導入だけを焦ってしまうと、前者の例に留まってしまう可能性があります。初期の、学習用コンピュータの導入の実態を見れば明白です。ドリル学習だけで終わってしまった学年があれば、本来、段階的に身に付けなければならなかった情報伝達や情報共有のスキルが身に付かないまま終わってしまうことになります。
 文部科学省や教育委員会はもっと実践事例を挙げ、教員の研修機会を増やし、教職員にタブレットを支給するような大胆な発想で現場を耕し、基礎を固めたうえでの導入方法を考えなければ、教育的効果も全く期待できないものになってしまうのではないでしょうか。

飲むュニケーション

 校内研の打ち上げ、運動会の打ち上げ、卒業式の打ち上げ等々、みなさんの職場では、定期的に「飲み会」が開催されていますか。老いも若きも、女性も男性もが参加できている職場であれば、活気に満ちあふれ、教職員間の連携も密で、創造力に富んだ職場なのではないでしょうか。
 我々が若い頃に経験した「飲み会」は、たばこの煙が充満した居酒屋やスナックで、管理職やベテランの先生を「よいしょ」したり、聞きたくもない愚痴を聞かされ、好きでもないのにビールや日本酒を勧められ、断りでもしようものなら「俺の酒が飲めんのか」と一喝されるような、男性だけの社会でした。
 しかし、教員生活終盤の「飲み会」は、全く違ったものになっていました。喫煙者も減り、非喫煙者に対する配慮から、飲み会の場で喫煙する者もほとんどいなくなりました。酒を勧めることもなく、居酒屋のメニューにもソフトドリンクが豊富に用意されるようになりました。若い教職員も増え、明るい雰囲気で飲み会が進むようになりました。
 こうなると、当然のことながら話される内容にも変化が出てきました。民間人校長は知る由もありませんが、教員から昇進した管理職については状況もよく分かっており、「よいしょ」する必要は全くなくなりました。ベテラン陣も、愚痴る飲み会とは別のものとの認識も進み、パワハラもなくなりました。若手の質問に答え、自分の経験談を伝え、これからの教育を語る場に変化してきました。
 それぞれの職場に若い人材があふれている今だからこそ、古い体質を脱ぎ捨て、みんなで職場を作り上げていくためのチームワークを育む場として「飲み会」を、老若男女、職種の違いを乗り越えて、上手く活用していきませんか。

学校規模適正化計画

 私が退職する1年前に、勤務していた自治体において、「学校規模適正化計画」が策定されました。政令指定都市の隣という立地でありながらも少子化が進み、単級学年を持つ学校が増えてきました。多くの学校の敷地には借地も含んでおり、行政的な視点にあっては、今後、小・中学校の統廃合を進めることが適切であると判断されたのでしょう。
 では、行政は、どれぐらいの学校規模を「適正」と考えているのでしょうか。小学校においては、学年4クラスが目標値だそうです。
 私は、34年間の勤務の中で、学年2クラスから5クラスまでを経験しています。その中で、確かに4クラス以上というのは加配もとれますし、校務分掌を安定的に運営するには適切な数字であると考えられます。しかし、それはあくまでも、教職員の構成が、ベテラン、中堅、若手がほぼ同数である場合に限られます。今の学校現場では、自治体によって多少の差はあるものの、大量採用時代のベテランが引退し、残されたごく少数のベテランと、ボトルネック世代の貴重な中堅と、新たな大量採用時代に入った若手が中心となって構成されています。このような年代構成の中では、学年への人的配当も難しいのですが、それ以上に、校務分掌の構成が難しくなってきます。実際、私が最後に勤めた学校では、あくまでも「過渡期の手段」として校務分掌を完全に組み替え、経験の浅い教職員を実践を通して育てることができるようにしました。
 物理的に「適正化」を進めることは容易いことです。しかし、学校現場には、「子どもを育てる」という大きな使命があります。「子どもを育てる」ためには、「人材を育てる」ことは不可欠です。行政が推し進めようとする「適正化」は、本当に子ども達にとって適切なものであるのかどうか、慎重な判断が望まれるところです。

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